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2006年1月31日

中山エミリとGOTH!?

NHK「スタジオパークからこんにちは」見てたら、中山エミリのイチオシ(?)として焼き鳥とGOTHが!
不意打ちである。
しかし時間の都合かそれ自体はスルーであった…。オィオィ。
アナよ、GOTHにも話を振ってくれ〜。

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2006年1月30日

鉄道ファンの高校生3人逮捕

(記事検索中)
NHKのニュースでやってた。

埼京線に何度も置き石をしてしょっぴかれたらしい。石を撥ねる音や、停車して対応する車掌などを撮影して楽しんでいたらしい。
しかし気になるのは彼らが「鉄道ファン」とされていることだ。彼らが供述してるのか断定したのかわからんが、冗談キツイぜ!
列車内の吊り革なども盗んでいたようだが、これは鉄道を狙った悪質な犯罪者である。
な〜にが鉄道ファンじゃ。ねぇ。>はつかり氏

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2006年1月20日

1枚の写真:父の人生を垣間みる

私の父の話。
最近の趣味はデジカメで写真を撮り、パソコンで分類したり印刷したりして楽しむことだ。
山登りにもはまっているので、当然ながら山の写真が多くなる。会心作を印刷し、それを家族に見せてくるのだが、その中に山とは関係のない1枚の写真があった。そしてその写真だけ日付が印刷されている。

3人の人物が写っている。仕事場の父(やや笑顔)と、笑顔の見知らぬ女性、そして女性が抱く赤ちゃん。父は小児科医だから、その女性と赤ちゃんはもちろん患者さんである。
私「この写真、日付が印刷されちゃってるぞ」、父「これは印刷されててもいいんだ」というようなやり取り。その写真については深く考えることなく会話は終了した。

父がまだ若かった頃、といっても自分が小学生低学年頃の話だが、赴任先で循環器疾患を専門に扱いはじめた頃にさかのぼる。
手術で助かる乳幼児もいれば、残念ながら努力も虚しく助からない子どももいたことだろう。たとえその場では助かったとしても、いつまた心臓が止まるのかわからないのだ。幼くして亡くなっていった子どもを何人も見てきたのだろう。右も左もわからない中ではじめて色々と苦労を重ねたのではないか。ついに胃潰瘍になって2週間も入院してしまったのだ。その記憶は自分もかすかにある。もちろん、その苦労について当時は知る由もない。そんな姿を見て私の母は、本当にこの人は大丈夫だろうか、この先も仕事をやっていけるのだろうかと不安になったそうだ。

そのようなドタバタの中で、無事に救うことのできた一人の子どもがいた。当初はそれでも長くは生きられないと判断されていたらしいが、術後の経過も良好で小学校、中学校と順調に進学し、高校を卒業して就職したという。どうやら毎年欠かさず父に年賀状で報告をしていたらしい。その後、どうなってしまったのかよくわからなくなったようだ。私も大学に入ってからはほとんど年賀状というものを送ってないしね。

ある日、父の仕事場に一人の女性が赤ちゃんを連れてやってきた。ここまで説明すればもうわかってるだろうが、先述した写真に写っていた女性とは彼女のことだったのだ。
予期せぬ来客にどれほど驚いたことだろうか。相当嬉しかったと思う。さっそく自慢のデジカメで撮影し、すぐに当時の同僚に添付してメールしたそうだ。
まだ父が駆け出しの頃になんとかして命を救った子どもが、長くは生きられないと判断されながらも予想を(もちろん良い意味で)裏切り、結婚し、子どもまでつくっていたのだった。
その女性からも色々なメッセージを読み取れる。本人もいつ心臓が止まるのかわからないことは承知しているだろう。それを承知の上で旦那さんは結婚をしたのだろうし、出産という危険にも了承してそれを乗り越えたのだ。しっかりとした信頼関係を築いて幸せに生活をしていることがわかる。
あの写真に写っている父は満面の笑みではないけれども、やや緊張した風ではありながらやさしい顔をしている。毎年彼女から年賀状をもらうことで、彼女が生きていることを確かめることができたのだ。そしてそれが父の医師として成長する過程で支えになっていたのだ。そうか、そういうことだったのか。
以上の顛末は後に母から聞いたものである。

さて、まだまだ青二才の自分だが、果たしてそのような一枚があるのだろうか。この先もそのような一枚を手にすることができるのだろうか。

このように、感傷的すぎるのかもしれないが、人生について考えさせる1枚の写真でありました。

投稿者 maji : 19:14 | トラックバック

2006年1月17日

上映プログラムに工夫を。

地元の映画館の話。

正月三ヶ日が明けた頃の話になるが、チラシを入手するために実家近くにあるシネコンに行ったところ、ロビーは驚くほど大にぎわいだった。
ちょうどリニューアルオープンしたてだったこともあるが、それでも昼間っから大勢で賑わう映画館を見たのは久しぶりで、ちょいと驚く。
そのまま豊橋のアパートに戻ったが、その途中で豊川と豊橋のシネコンにも立ち寄る。しかし、どちらもいつものように閑散としていた。ガックリ。

正月頃の新聞記事で読んだのだが、愛知県にあるシネコンの数は全国でも第一位らしい。映画館の数(スクリーン数だったかも)自体も東京に次いで第二位とのこと。
豊橋にはユナイテッド・シネマ(旧AMC)を筆頭に、豊川コロナワールド豊川ワーナー・マイカルの3つがある。スクリーン数はそれぞれ順に18、8、7。
チラシを回収するために3つの映画館を定期的に巡っているが、常々思うのはやはりUCの一人勝ちで、他2館は非常に苦しい立場のように見える。とにかく客がいない。作品ラインナップ、設備や料金などのサービスを総合的に考えてこれは致し方ないところだろう。

そこで、上映作品の差別化を真剣に考えていただきたい。映画ファンとしては選択肢が増えて困ることはない。現状ではミニシアター系の作品を見るためには名古屋や静岡まで行かねばならない。電車賃だけで映画1本分以上かかってしまう。行ったところで映画館の設備があまりよいとは言えなかったりする。

同一地域でわざわざ同じ作品を上映する必要はない。作品が同じなら1000円で見られる豊橋に行くに決まっている。それでも集客が見込める人気作品は、もちろんそれぞれで上映すればよい。
こちらの映画館ブログでは、
>そしてそれはおそらく、上映作品の差別化ではない。だって人が入る映画は隣の映画館でやっても入る。
>どこもやっていない映画は、人が入らない映画である。土地柄によって上映作品の顔ぶれは変わるべきだが、
>近隣の映画館とはラインナップで大きな差別化はできない。
としている。本当にそうだろうか?
どこでもやってる映画に人が入ってないこの現状を考えると、やはりそこでしか見られない映画を上映して生き残りをかけなければならない。設備面や料金体系の強化も重要だが、そう簡単にできるものではないだろう。

ミニシアター系といっても侮るなかれ、単に配給会社が宣伝にお金をかけなかっただけで、作品としては良質なものが大量にあるし、東京でしか上映されずに悔しい思いをしているファンも大勢いることだろう。その見極めさえしっかりして、ミニシアター文化を三河地方にも根付かせてほしい。

可能性があるとすれば豊川コロナだ。まず映画館自体がそれほど大きくなく、他2館に設備面でも劣っているように思われる。大勢の集客が見込めないならば、作品の希少性をアピールして映画ファンに足繁く通ってもらうことだ。理想としては2〜3週間で次のプログラムにいくことか。韓国映画も常時上映して、オバサンたちを取り込めば良い。浅野忠信出演作なんかも意外と豊橋では見られない。それを若者層にアピールできないかな?

こんなこと言うと怒られそうだが、豊川の2館はこのままでは遅かれ早かれ潰れる運命にあると思う。ほんとに客が入ってないんだから。全国で画一的なサービスを提供するシネコンだけども、こういう時に柔軟な対応ができないってのが弊害ではありますな。

投稿者 maji : 02:20 | トラックバック

2006年1月10日

山田風太郎ファンは忘れずに。本日22:25〜

とりいそぎお知らせまで。
面白ければいんだけどね。

今日(1/10)から教育テレビにて毎週火曜日放送。全四回。
午後10:25〜10:50(再放送もあるけど)
『大ウソが語る「真実」〜山田風太郎〜』
http://www.nhk.or.jp/shiruraku/200601/tuesday.html

投稿者 maji : 17:24 | トラックバック

2006年1月 1日

謹賀新年

昨年はあっという間の一年でした。
今年もまた一年頑張ろうと思います。
仕事が始まると映画の鑑賞数が確実に減るだろうななどと、そんなことばかりを考えております。
更新は相変わらずのマイペースです。
簡単ではありますが、今年もよろしくお願いします。

2006年元旦

投稿者 maji : 18:15 | トラックバック