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2008年11月21日
「SHINOBI」を見た
つ、つまんねー。…てかこれはひどい。
ご存知、山田風太郎の「甲賀忍法帖」が原作のこの作品。先日テレビ放送していたので、この機会に見ることにした。
あまりの内容に、始まりから終わりまで開いた口が塞がらなかった。
私は原作原理主義者ではないので、大幅なアレンジが加えられていてもあーだこーだと文句をつけることはしない。
ストーリーは全然違っても原作に含まれるメッセージは揺らいでいない、とか、原作を借りて監督の主義主張を押し出す(特に押井守)、
など作品に何かしら芯が通っていればそれで良しとする。(かつ、面白ければ言うことはない)
「SHINOBI」はひどすぎた。"大胆にアレンジ"された脚本がメチャクチャだから。あの原作があってこんな脚本しか書けないのか、と思うと同時にこれをヨシとしたプロデューサーは更に罪深い。
監督はいかにもPV出身ぽい画作りに徹してビジュアル重視。ハマれば悪くなかったと思う。
結論。
「タイトル」「登場人物名」だけを借りたまったくの別作品。
万が一、山田風太郎ファンが間違って見て貴重な時間を無駄にしないよう、詳しく記してここに警告するものとする。
(ただし、終始ツッコミどころ満載なので、友人とそれ目的に見るという使用方法は可)
(以下、ネタバレです)
まず、登場人物とその忍法(画面で確認できたもの)を見てみよう。
■甲賀代表
甲賀弦之介 →常人ならざる動きで敵を一掃する(視界がスローモーションになっている描写アリ)
室賀豹馬 →?
筑摩小四郎 →鎖鎌をあやつる。速射砲のごとく手裏剣を投げる
如月左衛門 →他人の顔をコピーする
陽炎 →毒の息吹
(甲賀弾正)
■伊賀代表
朧 →相手を死に至らしめる「破幻の瞳」
薬師寺天膳 →不死
夜叉丸 →自在に伸び縮みする髪の毛
蓑念鬼 →?
蛍火 →蝶(毒蛾)をあやつる
(お幻)
■大御所側
徳川家康
南光坊天海
柳生宗矩
柳生十兵衛 →!?
服部半蔵
のっけからツッコミどころ満載である。
弾正とお幻を括弧書きにしたのは、メンバーに含まれていないが直接対決をしたため。
代表が10人から5人に変更されているのは尺の都合もあるし、そのぶん一人一人を丁寧に描こうという意図だろうか(が、すぐにその期待は蹴散らされる)。
筑摩小四郎が甲賀方にいるが、そんなに残したいキャラだったのか。
放送コードに引っかかるせいか、異形の忍者がことごとくカットされている(地虫十兵衛、蝋斎、雨陣など)。彼らこそ面白いのに…。
「あらすじ」は以下を参照してもらおう。原作ファンを一瞬のうちに混乱させるストーリーである。
http://www.walkerplus.com/movie/kinejun/index.cgi?ctl=each&id=36748(キネマ旬報DB/ Walkerplus.com)
以下、ツッコミながら話を追っていくとする。
導入が弱すぎる
→原作では冒頭から風待将監と夜叉丸が人間離れした戦いを繰り広げ、いかにも映画的である(しかも描写の素晴らしいこと!)。
映画では"甲賀ロミオと伊賀ジュリエット"の偶然の出会いから始まるが、う~む。
主演二人がとにかく棒読みである。
→仲間はそういう芸風だから諦めもつくが、オダギリは立ち位置がよくわからずただのキレキャラにも見え、命運もクソも感じさせず残念。
人別帖を隠里に持ち帰っている
→すぐにお互いの敵が明かされるので、人別帖の取り合いという緊張感は成立しない。というか人別帖自体がもう映画に出てこない。
"得体の知れない存在"であるとして、南光坊天海の陰謀による根絶やし計画
→この時代になっても、忍の連中は愚直にも主従を重んじるという設定があったような?
徳川軍を隠れ里に導いた黒幕は?
→薬師寺天膳がひそかに地図を差し出した。
天膳は己の体質に嫌気がさしている死にたがりキャラ設定で、「忍びは影の存在、滅ぶしかない運命」みたいなことをホザく。ハァ?
隠れ里への攻撃中止命令
→大砲や火矢でドカドカやる描写もどうかと思うけど、大御所からの攻撃中止命令が即座に伝達される。スゲー。
駿府からどんだけの距離あると思ってるのよ。Faxか?
そもそも、途中から話の方向が変わってしまってないか?
→甲賀・伊賀の相容れぬ宿命の中での男女の悲劇を描いていたのではないのか。それが全然伝わってこないんだよなぁ。
天膳と陽炎の最期のほうが(映画的に見ると)盛り上がってもってかれてるんで、余計に印象に残らない。
朧が犠牲になって「265年続いた徳川の世をふたつの里は生き抜いたのであった」チャンチャンでいいの!?
ところで、それぞれの忍者の散り様はというと…
■甲賀代表
甲賀弦之介 →「フザケンナ!」と伊賀との戦いを拒否し続けるが、最後は自らの意思で朧に殺される。
室賀豹馬 →蘇った天膳に気がつかずクビをはねられて死亡する。彼がどういう人物なのかさっぱりわからん。
筑摩小四郎 →蛍火を殺され怒りに燃える朧に「破幻の瞳」で見つめられ、落馬して全身から血を噴出して死亡。
如月左衛門 →夜叉丸に化けて朧を狙うが、寸前で懐刀を蛍火に見つかり殺される。何がしたかったの?
陽炎 →不死の天膳にとどめをさされるも、天膳を道連れにする。
(甲賀弾正)→お幻と刺し違えて死亡。
■伊賀代表
朧 →唯一の生き残り。伊賀甲賀を救うため、大御所との取引で己の目を突いて潰す。
薬師寺天膳 →「また死にきれなかったか…」「オレを殺せるか?」などという言葉とともに陽炎の毒を吸って死ぬ。意味不明…。
夜叉丸 →小四郎との戦いの末、鎖鎌の餌食になって死亡。
蓑念鬼 →獣のように登場し、陽炎を見つけると吸い込まれるように口づけをする。毒の息吹にやられて死亡。この間30秒くらい…?
蛍火 →小四郎の手裏剣から朧を身を呈して守り絶命。
(お幻) →弾正と刺し違えて死亡。
「甲賀忍法帖」の何が面白いかといえば、彼らがギリギリの線での戦いを繰り広げるからである。
それでいて、ちょっとした油断、地の利、偶然などの要素がうまく絡み合って勝敗が決まっていく。
「SHINOBI」はとにかくあっけない。ご覧のように、戦いが戦いとして成立していないのである。
唯一の見せ場は小四郎と夜叉丸の対決ぐらい。それにしたって、力と力のぶつかりあいで、たまたま夜叉丸が敗れたぐらいの話である。
原作にある魅力的な忍法はすべてカットし、アクションシーンの作りやすいものだけ残している。脚本家がサボったとしか思えない。
ヒマだったので(←コラ)、つらつらと文句を垂れ流してみたものの、さすがに疲れてきたので、もうやめます。
まあ、何が言いたいかというと、どうせ原作無視して作るなら、同じくらい面白いの作ってみせてくれよ!
てことです。
(でも、こわいものみたさで見てみるといいYO!)
最後に。
この映画は松竹110周年企画として製作され、「個人向け映画ファンド」で資金調達したことで知られている(その時のチラシ持ってます)。
興行収入は14.1億円。目標額の15億円には届いていない。それだけ稼いだのも俳優の魅力か、と思うものの
「○○周年記念作品とブチあげて作る大作=どうしようもない駄作」
の法則に見事に陥っている作品でもある。
投稿者 maji : 2008年11月21日 17:14
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